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真剣に生きる人ほど無理はしない

松下幸之助

「真剣に生きる人ほど無理はしない」

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さきほどこんなものが飛び込んできた。

無理して頑張るというのは
漠然とした不安を打ち消したいゆえですが、

それでは自分と向き合っているとは
結局のところ言えないのです。

弱い自分や
汚い自分と
腹を据えて向き合う。

それが”真剣に生きる”の意味するところ。

これをつきつめていけば
過度な依存はなくなり、

過剰な無理はおそらく生じなくなる。

依存の根幹は共同幻想である”通貨”であり
そこに付随する”価値”という概念そのもの。

SDGsとか言っちゃってますが、
権力者が搾取しつづけ
庶民という奴隷を頑張り続けさせた結果が
今の世界であり、

さらに頑張らせようとしていることに
なぜ気付かないのか不思議です。

グローバル化、
全体統一が全てを歪ませており、

本当に貧しい国や人々のことを考えるのなら、
いまのこのシステムを脱却するために
どういう生き方ができるかを模索することであり

お偉いさんのアジェンダに淡い夢と理想を
みることではございません。

「なぜこうなったのか?」
を深く考察しないと本当の目的地は
はっきりと見えません。

話はそれましたが、

真剣を携えていればそれこそ
無理はできません。

無理すればそこで終わりなので。

そこでかんたんに終わってしまっては
自分の道を通せないのでやはり
無理はできません。

生き抜かないといけないので。

“無理をしているうちは真剣ではない”

なんとも深い問いかけです。

そしてとても厳しい言葉です。

【深層心理×好きは嫌いの裏返し×逆も然り】

怖いとか
負けるな
とかいいながら

これだけコロナに固執するっていうのは
裏を返せば心底望んでいるということに

人は気付こうとしません。

認めたくないから。

その反面、引き寄せの法則が大好きです。

引き寄せたいから怖い怖いと騒ぎます。

ポジティブに言えばツンデレです。

このままあと3年もすれば
キラキラネームが転じて
コロコロネームが流行り出して

自分の娘に

葫蘆菜(ころな)
子呂美(ころみ)
五郎枝(ころえ)
衣梨伊奈(コロリーナ)

挙げ句の果てにはどストレートに
“コロコロ”とつける輩が出てくることは
想像に難くありません。

まだ頭の方は大丈夫でしょうか?

まだ間に合います。

【感染者数ホイホイ】

さて昨日の夜の報道ステーションをチェックしていて気付いたことを…

一年も同じこと続けないで
二年目は感染者数2000人くらいに
乗っけたらいいのではないか。

連休で遠征や帰省のために
昨年設置された民間のPCR検査所で
みんなが検査を受けるために

感染者数(正確には陽性者数)
は爆上がりする。

しかし民間だから大阪の無料キャンペーンのように病院や行政での管理はなく
結果だけみて自己判断。

しかし数だけは計上される。

検挙率上げるための
仕組みづくりがうまいですね。

民間検査所がまるで
ゴキブリホイホイみたい。

鼠取りもこのホイホイシステムに
乗っかるといいのではないかな?

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この記事、コロナやワクチンとは一言も書いていないのになぜかFacebookでコロナ関連と認定されました、つまりそういうことです↓

全ては生き方の問題、ウイルスのせいにするな

今週は予想通り
世界で感染者数が増えましたな。

残りあと2日でどんどんメディアは
フェイクパンデミックをぶっちぎりで
煽るのでしょう。

私の新型コロナはちょうど一年前に
終結しましたが、
未だに同じことしか繰り返さないごく一部を除く政治家の皆様ははまさにテンサイだと思います。

よく飽きないものだなと。
庶民はだいぶ飽きてるのに。

これまでの時代の転換期ってこういう
くだらないことのオンパレードで
変わっていっただけなのかなと、

ある意味ほどよく冷めた(醒めた)のは確かです。近代だけの話ならいいですけど。

世間が思ってる以上に日本は
色々な意味で詰んでます。

安全な土地買って(それすら危ういですが)
独自の経済圏を構築することを
考えていかないと、

本当にまともに食べるものも無くなる時代は
すぐそこなのかもしれません。
(そのうち大豆肉を主食にしろといわれます)

○ックフェラーの作り上げた中国という実験場を見てればその輝かしい未来は想像に難くはないはずなのですが。

それに続くのが香港でありチベットでありウイグルであり、日本もノミネートしています。

今の状態では明るい未来はないと
現実を見つめることが本当は必要だとさえ
思いますが、幻想に生きる方が楽です。

現代医学の進歩というのも
幻想にしか過ぎないし、

現代に増える”ビョーキ”というのも
増えるべくして増えているので
それに対する”治療薬”というのも
幻想でしかない。

数千年前から必要なものは
全て身の回りに揃っており、
昔の人の方がそのことは
わかっていた。

全ては生き方の問題であり、

通貨という共同幻想に
縛られている限りは
コロナ問題の本質も
世界の本質も見えてこない。

というのがこの一年で
改めて学んだことだろうか。

ヤギか牛を飼って
搾りたての安全なミルクを
毎日飲みたいと
妄想するこの頃です。