「感謝」タグアーカイブ

小さな親切大きなお世話!?そんなことはないはずだ!!

こんばんはセンシです(^.^)

先日、通勤時間に新横浜駅前を歩いていた時のこと。

重たそうなカバンを持って階段を上がっているおじいさんに、すれ違いざまのサラリーマンが「持ちましょうか?」という感じで声をかけた。
私はすれ違いざまにその様子を見かけて「あ、すごいなー」と感心しながらすたすた急いでいました。
そしたらおじいさんが急にサラリーマンに怒鳴り散らしたのが後方から聴こえてきましたΣ(゚д゚lll)
「なんじゃと◯▽◼︎×!!!」
私も急いでいてすれ違いざまだったので何を言ってるのかわからなかったのですが、ものすごい大声でした。

おそらくおじいさんは本当に大変で苛立っていたのかもしれません。
サラリーマンもかなりびっくりしたでしょうね。

もしかしたら頭にきたかもしれません。
こういう時、

「小さな親切大きなお世話」という言葉が持ち出されますが、サラリーマンの気遣いは別に無用なものではないと思います。
結果的におじいさんに怒鳴られましたが、それはおじいさんが小さな親切を受け取る余裕すらないような状態であろうから。
おじいさんには届かなかったかもしれませんが、その姿勢は例えばその場に居合わせた私などには勉強となっていたりするので、
無駄ではないです。

あなたの勇気と行動が
別の何かに繋がっていく。
この世は因縁で繋がっているので、
無駄な親切はないと思うのですよね。

(ただし自分本位の親切じゃないことが前提になりますが、、、)
自分本位でない限り、親切は必ず次に繋がるはずです!!

神社参拝の心得

基本的に神社を参拝する時は「感謝の気持ち」だけを伝るだけでいいのです。これが日本古来からの神道の基本的な考え方です。今こうして命をいただいて生かされていることに感謝することが大事です。それがしっかりできていれば、いざというときもお力を貸していただけることがあります。IMG_7292

逆に、何かお願い事をする時は注意が必要です。神様へお願い事をするということは、神様と「契約」することにあたります。契約した以上は成就させるために、本人もしっかり努力しないと力を貸していただけません。

そしてお願い事が成就したら必ずお願いをした神社に「お礼参り」へ行きましょう。願い事がかなったらきちんとご報告して感謝の気持ちを伝えることが大事です。これを疎かにするともう力を貸していただけないかもしれません。神様事情って意外と厳しいです。(お賽銭なしでお願い事なんてもってのほかですよ。。。)

これを踏まえて気をつけたいのが遠方の神社へ参拝する時。有名なご利益のある神社だからと言って、遠路遥々参拝した神社でお願い事をした場合、お礼参りが大変になってしまいます。
それができるのであれば問題ないですが、お願い事は普段行きやすい神社でおこなったほうが無難といえます。

それに自分の家から近いほうが、心が折れそうになった時でもすぐに神社へお参りしに行くことで、また決意新たに気を引き締められます。へこたれそうになったら願をかけた神社でまた気合いを入れ直します。そのほうが確実性もあがると思いませんか?

普段から「感謝」の気持ちを持ち続けているだけで、力を貸していただける機会が増えていきます。人とのご縁も増えていきます。これは行者になる前からの私の実感値。ぜひ試してみてください。
感謝するという基本をしっかり忘れなければ、ミラクルって意外と起こりやすいものなのです。

「お客様は神様」の勘違い

スクリーンショット 2015-01-28 18.23.15

”お客様は神様だ”
横暴な消費者が蛮行を振る舞って問題になっていますが、サービス提供する側も受ける側も、「神様」の意味を勘違いしているから起こっている問題じゃないかなと思います。根本的な問題の話です。日本という国を形作ってきた「神様」に対する認識がおかしくなっていることが問題。
usagi_daijob-複製
そもそも神様ってなんなのか。一番大切に敬うべきものではありますが、暴力をふるうような権力者などの「偉い」とは根本的に違います。

神様っていうのは時には教えを頂き、時には真摯に頑張った人間に首の皮一枚のお力添えをくれる。そういう存在だから、権力者としての「エライ」とは違うはずです。
「お客様は神様」っていうのはそういう”教えを頂ける存在”だから大切にしなさいっていうのが本来の意味だと想うのです。その根本的な部分を理解しないと話がおかしくなる。これは古来からの日本人の考え方なのに、現代の日本はやはりそれが失われているんですね。

時として自然という神様は猛威を振います。時として神様は想像を絶する厳しい試練を人間に与えます。でもそれは利己的ではない。富でも権力でも欲のためでもない。誰のためか。それを受けるあなたのためです。
一方、神様気取りのお客様は、自己都合で振る舞っているだけでしょう。お店や店員のことを心から心配して叱責しているわけではないでしょう(そういうきちんとした人格者ももちろんいらっしゃるとは思います。)ましてや感謝の気持ちなんて微塵もないんじゃないだろうか。だから、そんな神様は日本にはそもそも存在しないんです。神様に対しての基本的な考え方って「感謝」この一点だけなのですから。

 神様という尊い存在が日常生活から、日本人の心から消えかかっている日本においては、一部を除いて、お客様=神様という図式は成り立たない国になってしまっているんじゃないでしょうかね。凄く残念なことなのですけど。「お客様」と呼ばれるべき人間が減っているんじゃないかなぁ。そんなことを考えました。

あなたは日本人らしい「お客様」として振る舞えていますか??
(自戒をこめて)