「神仏」カテゴリーアーカイブ

神様のこと、仏様のこと

カエル大明神!!

〜無事にカエル大明神〜

2年前くらいに御嶽の庁舎で「無事に帰る」を祈念したカエルの像があることに気付いて、

ここでも洒落のきいたことをやるんだなとちょっと面白がっていたのですが、、、

それから度々山や神社の帰り道にカエル大明神と遭遇するようになりその存在を無視できなくなっているこの頃です。

昨年の九頭龍神社の帰り道も土砂降りの中、

ふと道の脇に目をやるとでかいガマガエルがお見送りしてくれたり、、、

よく考えると雨の日の帰り道は自宅の手前でもウシガエルが毎年出現してます。

先月は山梨の権現山の帰り道、最後のほうで遭遇。

行きも立ち寄った登山口の山神神社で帰りの挨拶をして、ふと拝殿の軒下に目をやると何やらキラリと光る小さいものが目にとまる。

何だろう?と不思議に思い手にとってみると、、

金色のカエル。

「か、カエル大明神✨🐸✨」

1日のフィナーレにまさかのカエル大明神!!

この日は予定外の4万歩を越すハードな行程になってしまったため、無事に帰還できたことをカエル大明神に深々と頭を下げたのでした。

そしてこんなところにちょこんと置いたらなくなりそうだし、持って帰ろうかとも思ったのですが、やはりここに鎮座されているわけなので、ここから登る方々の安全を祈念して山神神社に鎮座して頂きました。

(吹き飛ばされませんよーに!)

(無事に)カエル様は単なる洒落でもなく

無事の帰還を見守ってくださる有難い存在なのです。

小手姫神社祭典〜その②

社務所で直会が始まり、おじいちゃんの語りが再開された。

昭和29年、仙台のとある霊能者が御神託により出羽三山の宮司を月舘へ連れてこられ、いまの奥の院の場所で「きちんとお祀りしなさい」と言われたのが小手姫神社と出羽三山のおつきあいの始まり。

(ちなみにこの時、「今後日本で大きな災害が二度起こる」という御神託もあり、そのひとつが3.11だったんだろうと言われているとのこと)

出羽三山講中の世話人をしていたお父様を持ちながら、当時は全く神様なんて信じていなかったというおじいちゃん。

ところがその御神託を受け「お前がやりなさい」と26歳の時に小手姫様の御堂を綺麗に掃除する”小手姫様お掃除隊長”を引き受けることに。

全く手入れのされていなかった御堂の掃除を7人で三日間かけて行った。

そして最終日の三日目、掃除が終わり御堂の前で皆で酒を飲んでいると、姿は見えないけど誰かが御堂の参道をなんども通り過ぎる感じがしたという。その場にいた皆がそう感じたらしい。

月舘には小手姫様の伝説が言い伝えのみで残っている。残念ながら物的痕跡は残っていない。小手姫様が蜂子皇子を追ってこの地へ降り立ち養蚕を始め、機織りを始め、、、結局病でこの地に亡くなるまでの間、先発隊が派遣されており、その最北端の終点地が米沢だったとされているとか。

ところが米沢ではそんな伝説は一切残っていない。

おじいちゃんも実際に米沢へ赴き、米織の関係者を訪ねたりもしたらしいが痕跡は見つからなかったらしい。

米沢で育った私自身そんな話は一度も聞いたことがなかった。

ただ小手姫様の存在を知った時、その時代と地理関係から米織は小手姫様と関係があるのではないか?という考えはまっさきに自然と浮かんできた。

「わたしはね、小手姫様を若い世代に繋げなきゃいけないんだ。今日は米沢から来たあんたに繋がった。有難う。」

小手姫伝説に携わって来た長老は御歳92歳。

帰り際までずっと小手姫様のことばかり口にしていて、周りが「帰るの?杖は?どごさ置いだの?」と心配して何度も尋ねているのに、「わたしはね次に繋がればいいんだ。宜しく頼んだよ。あとはみんなで勝手にやってくれ」と言い残し去っていった。

おじいちゃんのあとを引き継いで世話人をしてるSさんは

「あの人は小手姫様がくっつくと周りが聞こえなくなるんだよ」と苦笑いしながら面白いことを言った。

たしかにこのおじいちゃんは小手姫様に動かされている。

Sさんは岩手の立山とのご縁からいまの宮司さんが着任する経緯を話して下さった。

こじんまりとした月舘という集落、そこで今尚厚く信仰されている小手姫様を知り感動を覚えました。

蜂子様とお会いする前の小手姫様とのご縁と思っていたけど、どうも小手姫様とつながるための出羽三山だったような気がしてならない。

そういえば震災後、初めてガイガーカウンターを下げて飯舘を抜ける時、道に迷ってたどり着いたのも月舘だった。

「月」というその響きもあり、月舘いいところだなーと思った記憶がいまになって蘇ってきました🌙

小手姫神社祭典〜その①

4月8日(日)は月舘の小手姫神社の祭典へ初参加。

昨年の出羽三山秋の峰へ参加するちょうど1ヶ月前、南相馬から福島へ向かう途中ナビで普段と違うルートを通っていたらたまたま目に止まりこの神社の存在を知った。

「蜂子様に会いにいく」というテーマが目前に迫っていた中、その母君の祀られる神社に辿り着いたのはなんとも奇遇。

宮司さんに「毎年、出羽三山の宮司と山伏に協力してもらい祭りをやってる」と教えて頂き、初参加。

奥の院にて小手姫神社の宮司さんと山伏2名が本殿へ入ると祭典スタート。

先ほどまで気持ちよく晴れていたはずなのに祭典が始まった途端、少し柔らかいヒョウがバラバラと降り出してきて、野ざらしの参列者は皆少し戸惑う。

開始時間が近づくにつれてどんどん空気が冷えてきたので、祭典で何か起こりそうだなと思っていたら案の定だった。

降ったり止んだりをしばらく繰り返し、奉納の棒術で「次、龍の型」とアナウンスが入るとそらがぱっと晴れて太陽がキラリとお出まし。

しばらくするとまたヒョウが降ってまた止んで、、、

祭典中に目まぐるしく変わる天気を、宮司さんは締めの挨拶で「一年分の四季を味わうような」と表現された。

昨年峰中で体験した出羽三山のくるくると変わる天気にとても似ている感じがした。

さすが出羽三山。

そんな祭典だった。

何はともあれ無事に祭典が終わり席を立とうとすると、ひとりのおじいちゃんにいきなり声を掛けられる。

「あんたどこから来たんだい?去年も来てた郡山の人かい?」

「米沢からです」

「米沢!?あそこも織物があるだろ?米沢は小手姫様の先発隊が養蚕を伝えてなぁ、、、」

これはなかなか話が終わらないパターンだと直感した(笑)

しかしこのおじいちゃんが月舘の廃れていた小手姫伝説復活の中心人物だということが、この後の直会で判明する。

そして山奥の集落にひっそりと佇む小手姫様が月舘で厚く信仰されていると知ることになったのでした。

喪中で迎える元旦

昨年5月に母方の祖母が亡くなり今年は喪中の元旦を迎えることになりました。

それにあたって喪中での元旦を迎える注意事項を調べてみたのですが、色んな説が出回っていてよくわからず、最終的に師匠に確認をとりました。

私が現在修行させて頂いてるのは神仏習合の信仰なのでこれが本来の在り方のベースになるのかなと思われます。

日本の宗教事情のややこしい所は、古来から根付いてる神道があり、そこに仏教があとから入ってきたので、それぞれの作法が完全に統制されておらず曖昧なまま干渉しあってる点だと個人的には思います。

「うちは仏壇があり仏教なので神道は信じてません」という勘違いをされてる方もいるので、その考え方や作法も神道を無視したようなデマもちらほら見受けられます。あくまで日本人は神道と仏教の両方ということを認識しておきましょう。(もちろんキリスト教に改宗してるとかであれば話は別ですよ)

それでは喪中で迎える元旦について、私が気になった点を簡単にまとめてみたいと思います。

考え方のポイントとしては古来より神道は日本人の精神のベースになっています。その基本は祓い清めです。神様は穢れを嫌うので日々私たちは心身を祓い、清めて神様と接することができます。

祓い清め担当が神様=天であるのに対して、仏様=地は穢れ汚れを担当します。お葬式は仏教のお寺さんが担当するように、神は死を嫌いますが、仏は死を丁重に扱い供養します。仏様の智慧の力によって穢れや汚れを分解、消化、そして予防する感じでしょうか。

・喪中はお札を交換しなくていいのか

親族が亡くなって50日間は忌中といって神棚に半紙をはって神様には手を触れないようにします。この間は神棚や神社、寺院への参拝も極力避けて、できるだけ家族以外の人との接触も避けるのが本来の考え方のようです。

50日を過ぎたら喪中にはいり、慶事(おめでたごと)は極力避けることになります。つまり初詣は行かないことになります。

そこで困るのがお札の交換。

お札は年に一回必ず交換しなければいけません。(お札のお御霊は一年分しか入っていないので、必ず年に一回交換しましょう)。

じゃあ初詣に行けないけどお札の交換はどうしたらいいのか?という疑問が出るのですが、どうしても必要なお札は鳥居をくぐらずに境内に入ってお札を交換します。穢れがある期間は鳥居をくぐらずに神社に入ります。

・神棚の準備はどうするのか

慶事を避けるためお正月の神棚に欠かせないお餅はあげません。注連縄はきちんと取り替えます。私の母が注連縄は年末に交換するからか「祝い事」と勘違いしてるようなのですが、注連縄は神棚の上に必ずつける常備品です。(縄が雲、紙垂が四季を表します)喪中は関係なく新年の神棚を整えるために注連縄は必ず交換しましょう。

新年は家の神様へはきちんと挨拶をします。

神道の忌中や喪中などの忌服は本来、氏神神社の神主がそれぞれの家を訪ねて神事を行う形態が基準になっているようなので、現在の事情に照らし合わせると不可解な部分が当然生じます。

また神道と仏教の両方の考え方があわさっていたりするので判断が難しいことも多々あります。

「喪に服す」というのも神道的な観点で見れば穢れを持ち込まないことが主眼ですが、仏教的な観点ではなくなった方を偲ぶ、供養することが主眼にあるので迷った時はその辺を念頭に置いて行動すれば大きな間違いにはならないでしょう。

大切なのは神仏への畏敬と故人への供養の気持ちだと思います。