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安全性は?…つまり不要だよね…

このツイートすごいこと言ってますね。

ワクチンの安全性・有効性は不明ですが、国民に必要なワクチン確保に全力を挙げるべきとのご指摘いただきました。”

安全性や有効性が不明なのに“国民に必要”とはどういう根拠なのか?

というか必要と言えるエビデンスがないのに打たせたいから必要っていうことですよね。

アストラゼネカ社は今回のワクチンに対してはワクチンの副作用に対しては一切の責任を負わないという契約条項を各国と取り交わしたことはすでにニュースでも取り上げられたこと。

安全なのかも効くのかもわからないけど必要。

めちゃくちゃな話ですね。

【夏越の大祓】

【夏越の大祓】

今日は風も吹き荒れ

申し分ないのではないでしょうか。

お榊の帰りに立ち寄った土地神様で

おもむろに大祓詞あげてきました。

そらであげられるようになると

なにかと不自由がなくなる。

一体になれば自然と口から出てくるからね。

海の向こうでは

新型インフルが発生したと

騒ぎ出したようなので

コロナウイルス感染症詐欺の

第二波の準備が始まって

いるのかもしれません。

しかしそんな心配するよりは、

自分の免疫を整えることを

真剣に考えてください。

そっちの本質の方がよほど大事。

これはコロナ云々の枝葉の問題でなく、

ひとつの生命として大事な問題です。

私たちが真剣に受け止め考えるべきは

生命を頂いてつむぐ

自分の生命と向き合うことであり、

嘘の科学や医学に群がる

詐欺師たちの言葉ではありません。

くだらないマスコミの洗脳報道の雑念も

大海原に飛ばしていただきましょう。

滝の音でも聴いて

祓い給へ、ほれ_(┐「ε:)_ザーッとな。

https://www.instagram.com/s/aGlnaGxpZ2h0OjE3ODQ0Njg1NDg3MTU3MTU1?igshid=uenogxmn0pvv&story_media_id=2305995404084568693

寒行⑤〜神籬から数珠へ

神籬をお祀りしてからお山の寒滝まで2週間。

寒いから大丈夫だとは思いつつ、ある日ふと「お山までもつかな?このまま神籬が枯れてしまったらこの観音崎のお御霊は一体どうなってしまうのだろう?」

そんなことがふと頭をよぎったわけですね。そしたら急に「棚の奥に数珠があるだろう」と言われてハッとした。

数年前にネパール訪問時に買った黒い数珠が棚の奥にしまいこんであるのを急に思い出して取り出してみた。

このお御霊、数珠のこともお見通し。

この数珠、当時はまだ自分には早いと思いつつ、師匠に取り上げられるのも嫌だったのでこっそり棚にしまって時がくるまで眠らせておいたもの。

そんなことすら忘れて眠り続けていた数珠がお御霊も入れず丁度空いていた。なんという奇遇。このためにこの数珠はあったのだろうか。

このお御霊、龍っぽいし、この黒い数珠も蛇っぽいし、なんかいいかも。

お御霊を自分で入れることはやったことがないので(というかまだ出来ない)全く期待できないが、勤行しながらお御霊に語りかけてみた。

「あの…もし宜しければこのお数珠に入って下さい。神籬枯れてしまっても困りますし…」

えいっ!

九字を何度か切ってみる。

再び数珠を確認してみると…どうもお御霊は数珠にも入った様子。ひとまず万が一神籬の榊が枯れても、数珠に入ってればお山へは連れていけるので一安心。

この日から寒滝までのしばらくの間、数珠を手にしながらお御霊と対話。もとが蛇だからか丸めて置いておくと、勤行中にヌルっと動く時があるのが面白い。

さぁ、寒滝まであと少し。

そして寒滝が終わるとそこから鍼灸の国試まで2週間。

怒涛の日々はまだ続く。

とにかく風邪をひかないようにだけ気をつける!!

寒行④〜神籬にお御霊が…

海行が終わり夕方に帰宅。

さて行で使ったお榊の神籬をどうしようかと思いながら、袋から取り出して手に持つと、

「ん?あれ、、、?」

朝持って行った時と感覚がちがう。この神籬、お御霊が入っちゃってるな。もしかしてあそこの海で見た龍なんだろうか。可能性としては一番高い、が、いまいちはっきりわからない。

師匠に連絡すると「来月の寒滝で山に返すから神棚でお祀りしておきなさい」

なんだか意外な展開になってしまった。

お御霊をいただこうとか全く考えていなかったが、こんなこともあるんだな。

ここからしばらく神棚の神籬のお御霊と対話する日々が続く。

ちなみにその夜、ネパールボランティア仲間との新年会がありダーツバーで初めてダーツを。序盤に罰ゲームでテキーラをショットで飲まさせられながら、そこから初めてにしてはなかなからしいスコアを出し続けて経験者から驚かれた。

集中力が半端ない自分には気付いていて、やはり行の力は凄いなと痛感したのでした。