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小雨の高尾山〜お地蔵様と

到着と同時に小雨が降り出し歓迎ムードの高尾山。小雨ぐらいが涼しくて丁度良い。最近シンクロ率があがってきている。雨で琵琶滝も普段より水量が多く、行場らしい水量を始めて見た。登りは丁度、3名くらいが滝行を始めるところだった。

先月の八海山以降、天気がぐずつきなかなか山へ足を運ぶのも半月ぶりだったけど、法螺貝が最初からとても気持ちよく響いた。八海山で少しレベルアップしたのかもしれない。山としっかり繋がれたことも自信になったのか、夏山までの予行演習よりも気持ちにも余裕をもって登れるようになった気がした。

この日も法螺貝での祓いがメインテーマ。

週末ということもあり人も多い中、沢の入り口が淀んでいた。どうしようかと考えていたら後ろのご先祖が「上から祓え」と。

「上から?」

下で吹き祓っても上からまた穢れが降りてくるから、上から吹いて吹き降ろしで一掃しろということらしい。

よくよく考えると理のかなったやり方。山頂付近の(おもに3号路だったかな)沢の始まる数カ所で、下に向かって響かせる吹き降ろし方式。おもしろい。沢に乗って麓まで届くように法螺貝の法を深く長く響かせました。

先月、おんたけの清滝で法螺貝をがっつりお清めして以降、鳴りが格段に良くなったのですよね。

琵琶滝→2号路→3号路→6号路→琵琶滝と戻ってきたあと行きで気になったお地蔵様たちを確認しに再び2号路をあがっていく。

あがってすぐのところに今まで気付かなかった人を寄せ付けない雰囲気の地蔵’sの鎮座する場所がある。いちばん手前にはお大師様も。どうやら講毎に建立したものらしくたしか9番から15番まであった。最後に麓の駅へついた時に滝の隣に「高尾山八十八巡り」があることを知りおそらくその続きの場所らしい。(でも高尾山に八十八体もあったかな?という疑問も…)

お地蔵様を一通り拝見したところ、ちょっと何体か感じるものがあったのでマイルールになってしまった手入れされてないお地蔵様にはお水をお供えするを行ったあと、般若心経と法螺貝で拝む。

すると地蔵様に「そっちに行ってみな」といわれ、いつもと違う分かれ道を降ってみたら、水場を発見。高尾病院の敷地内に出る道なのだけど、こちらも昔からある参道らしい。講が建てた石碑もあることからこちらも歴史は古そうだった。かなり昔に一度だけここに来たことがあるような気がした。

お地蔵様の案内で新たな発見をした1日でした。

この花、綺麗だったな。ちょっと毒々しさも感じつつも。

降りてみれば空もきれいに晴れわたり、なかなか充実した高尾山でした。感謝。

山伏的感覚からみる高尾エリアの所感

土曜日は高尾駅で中央線を降りて、ふと向かいの中央本線松本行きに反射的に飛び乗ってしまった。

そして相模湖の与瀬神社から孫山へ入り明王峠を目指した。

相模湖駅で電車を降りた瞬間ふっと余計なものが抜けて軽くなったのを感じた。この感覚は高尾山通いしてる今月にはなかった感覚だった。でもこれが本来のお山の感覚。

山に入ればその気は身体にすっと入り込んでくる。それを全身に循環させれば山を登っても疲れることはほとんどない。

この感覚が戻ってきたことで、高尾山での妙な違和感は確信へと変わって行った。

やはりお山の力が弱いんじゃないだろうか??

それはやはり山が汚れているからにほかならない。

2014年に御嶽山で起きた噴火。あの年が実は初めて御嶽山を登拝した年だった。

そして翌年以降の山修行と比べてよく思い返してみると、あの年の御嶽山は見た目からして汚れていた。ゴミがいっぱい落ちていた。

「大切なお山なので、ゴミを見つけたら拾おうね。ごみ袋持ってきてね。」

という案内通り、下山時は沢山ゴミを拾った記憶がある。信仰者からすればあってはならい状態だった。

そして汚されたお山は噴火した。ゴミという観点から見てもあの噴火は致し方のないことだと感じた。私たち人間が招いたようなものである。

高尾山はミシュランで有名になり、観光客が激増してから明らかに汚されていった。それ以前との比較は、もともと八王子在住の学生だった私にとってははっきりとわかるもの。

そこから交通緩和のためにお山に大きな穴を開けてしまった。山岳信仰は山自体が御神体なのだから、そんなことを本当にするのか信じられなかった。しかし容赦なく土手っ腹に風穴を開けてしまった。

交通緩和は見事に果たされ、その功績を考えれば今後の生態系の観察は必要かもしれないが工事はそんなに悪いものではないのではという意見もある。

一方で工事によって高尾山各所の湧き水の出が悪くなったなどの報告もある。(個人的にはそれが現状どうなってるのかを知りたいのですが)

自然界、生態系の変化は長期的に見なければわからないのかもしれない。それは複雑な循環・連鎖であることもそうだし、そもそも自然というより野生は逞しい。思いっきり削られたそのお山にはトンビも沢山飛んでるし、猿もいっぱい遊んでるし、木々や植物もたくましく生きている。

それでも私たちのような人間からすればすでに大きな欠落が感じられる。何かが根本的に欠けてしまっている。本来のお山ではない。

さきほど出羽山伏の大先達に暮れの挨拶メールで、お礼とともにこの高尾山の違和感をぶつけてみた。そしたら「その通りだよ、あそこはもう混ざるものがない」という答えが返ってきた。

納得いくと同時に混ざるものがないという言葉が頭に響き自然と涙が出てきて止まらなくなってしまった。15分くらい泣いていた。何となく感じ続けてきたものが言葉で肯定されなんとも言えない哀しみが込み上げてきた。

実はこの哀しみは自分の場合はもっと遡ることができる。山形の母の実家で似たような哀しみを経験していた。

祖父母の家は里山の部落農村。自然あふれるこじんまりとした里山で山奥にお不動様がいて三が日に雪道の中お参りにいっていた。いわば私の山岳信仰の原点がここになる。

ところが小学生くらいのころにこの地域に高速道路が建設され、道路が左右を囲む山を横に突っ切ってしまった。

この時、子供ながらに何とも言えない哀しみを心の底で感じてきた記憶がはっきりとある。

親や祖父母には何も言わなかったと思うけど心が痛んでいたことは覚えている。

その哀しみと高尾山があわさって涙が出てきたのだろう。

亡くなった命は二度と戻らないかけがえのないものだ。

それと同時に自然も破壊すればかけがえのないものを失うことになる。

このお山の欠落してしまったものが時間が経てば戻るものとはあまり考えられない。(生態系の回復、再構築で変わるのかもしれないけど)

そんなわけで山伏の感覚からすれば高尾山は大きなものを失ってしまった、と断言しておきます。

このことに対してどうしたらいいのか、何ができるのかは自分のこれからの課題かもしれません。

この「ほかの山と高尾山の感覚の違い」が気になる方は、ぜひ一緒に山を登りましょう。

八王子城址から歩く修験道の道

2017年12月17日。八王子城址〜富士見台〜狐塚峠〜富士見台〜蛇滝口(千代田稲荷神社まで)

行くたびに深まる高尾山の魅力。

今月は毎週、法螺貝の練習をするために高尾山にお邪魔しています。

毎回落合から登り蛇滝口へ降りるパターンが続いていたので(それは法螺の練習場所を見つけたからなのですが、、、)今回はルートをまったく変えてみた。というか行きの電車の中で八王子城址方面の地図を見ていたら八王子神社が目に入り、八王子城址ルートに急遽決定。

実は近所でよくお参りにいく八杉神社という神社があるのですが、そこが地元で信仰されてる杉山神社と八王子神社を合祀した神社であり大変お世話になってるとこなのです(そこは境内に羽黒大明神や三島大明神も祀られています)

ただ行く前に若干悩みました。

なぜなら八王子城址は神霊スポットでも有名ですからね。そして実際に経験談ありなのです(汗)

大学時代は八王子だったため八王子城址もサークルの友人と行ったことがあったのですが、物の見事に霊障にあいました(苦笑)

皆で「嫌な感じがあった」と話している数日内にメンバーの楽器が壊れていくという怪奇現象。私もギターが倒れ買ったばかりのフルアコのピックガードが折れるという惨事に。

ましてや今では修行なんぞをしてるために余計に見えない人たちは群がってくるリスクが高い。。。ちょっと迷いつつも八王子神社は参拝したいと思い行くことを決断。

高尾駅北口からのバスで約10分の「霊園前」を降りて八王子城址を目指すと石材店や仏具店、お寺がずらりと並んでいる。霊園だからこういうお店が並んでいるわけでもないという感じがした。やはりここは信仰のお山っぽい。向こうにそびえ立つ山がそう感じさせた。

奥の一番高いのが城址跡だとは思いも寄らず、、、

出羽三山へ行った時の湯殿山もそうだったが、修験の山というのは独特の雰囲気が山から流れてくる。冷たい空気と腹底に響くような熱い力。

八王子城址の鳥居をくぐると一気に登りになって驚いた。まさかさっきそびえ立ってた山の頂上に城跡かあるのか、、、??と少し面食らってしまった。こんな山の上に城を作るとはかなりの労力。それくらい本格的な登り道になっている。

八王子神社手前で小高い法螺スポットを発見。 続きを読む 八王子城址から歩く修験道の道