「山と法螺貝」タグアーカイブ

‪【螺旋×柱×宇宙】

最近新たに法螺貝を作るためにいくつか取り寄せたのですがサイズ違いの法螺貝を比較してみました。

比較してみるとこのたった数センチの長さが

とても大きな重みを持つことに気付く

螺旋構造の成長。

(値段も比例して上がります)

宇宙の成長もこいうことなんだろうな。

人間としての成長もこうありたいもの。

同じ円周でぐるぐる回って

時間だけ過ぎるのはもったいない。‬

より大きい円をきれいに描いていくためには

その中心となる軸がなければらならない。

軸がぶれれば軌道がズレて

歪な形になってしまう。

軸とは自分軸であり

自分の中心となる柱。

軸をしっかりさせるには

自分の中心となる柱を

クリアにしていくことが不可欠。

その人の宇宙は

その人の生き方だったり

信仰するものだったり

そういう柱をもとに

螺旋の構造で拡大していく。

柱を立てることで

宇宙を成長させられる。

そういえば神様は「柱」であらわす。

信仰とは自分という宇宙を成長させるための

柱なんだろうな。

【法螺貝×阿夫利山×八海山×石鎚山】

【法螺貝×阿夫利山×八海山×石鎚山】

2019年7月14日

昨日はずぶ濡れになりながらいつもと

違うルートで大山を上がった。

何かのタイミングで法螺を立てると

法螺貝のきれいな音色が

遠くから聴こえてきた。

珍しいものだなと思いつつ

もう一度法螺貝で応えてみる。

とても綺麗な音なので上手な方だ。

そして吹き方からして

このお山ではなく外部の人っぽい。

お互い何度かやりとりして切り上げ

足早に先を急いだら

途中でその法螺貝の主と運良く遭遇し

声をかけられた

「あ、さっき吹いてた方ですよね?」

聞けば単身で近くに滞在中で、

練習場所を探しているという。

八海山の山開きでも法螺貝要員として

参戦したとかで、

千本檜小屋の話しでちょっと盛り上がる。

こちらの身の上話をしたら

星野先達の名も出てきた。

新潟がホームだそうだが、

法螺貝の流派は石鎚のほうとのこと。

山伏ではないという。

今度石鎚に法螺の段を取りに行く予定らしい。

これがまた不思議なことに前日は師匠のもとで

初めて石鎚のお経をあげたばかりだったんだよな。

権現様と天狗様にぐるりと囲まれながら

石鎚山に思いを馳せていた矢先のこの出逢い。

その場でお互い吹っこして別れる。

この日、

なんとなく山ノ神の跡地に行こうとしなければ

イレギュラールートは通らず、

鉢合わせすることはなかった。

不思議なご縁だなと思いつつ、

初めて山中での法螺吹き仲間ができたのでした。

雨で幻想的な風景が広がるお山での一幕。

ジンクス再来、、、

おとといニュースで目に飛び込んできた吾妻山の警戒レベル2への引き上げ。

またジンクスの再来だなと自分の中で思っております。

御嶽山では初めて修行に行った翌月の噴火、翌年は箱根へ行って数日後に大涌谷が噴火、その半年後に再び箱根へ訪れるとまた警戒レベルの引き上げ、、、

今年の夏、7月下旬に施術行脚で福島へ入った際に初登山の吾妻小富士でも、活動が活発にはならないようにと心配しながら法螺貝で祈りを入れてきましたが、、、ジンクス再来でした。

まあ、溜まりに溜まって噴き出すよりは、時々ガス抜きして頂いたほうが危険は少ないでしょうし、ここは少しの辛抱です。

小雨の高尾山〜お地蔵様と

到着と同時に小雨が降り出し歓迎ムードの高尾山。小雨ぐらいが涼しくて丁度良い。最近シンクロ率があがってきている。雨で琵琶滝も普段より水量が多く、行場らしい水量を始めて見た。登りは丁度、3名くらいが滝行を始めるところだった。

先月の八海山以降、天気がぐずつきなかなか山へ足を運ぶのも半月ぶりだったけど、法螺貝が最初からとても気持ちよく響いた。八海山で少しレベルアップしたのかもしれない。山としっかり繋がれたことも自信になったのか、夏山までの予行演習よりも気持ちにも余裕をもって登れるようになった気がした。

この日も法螺貝での祓いがメインテーマ。

週末ということもあり人も多い中、沢の入り口が淀んでいた。どうしようかと考えていたら後ろのご先祖が「上から祓え」と。

「上から?」

下で吹き祓っても上からまた穢れが降りてくるから、上から吹いて吹き降ろしで一掃しろということらしい。

よくよく考えると理のかなったやり方。山頂付近の(おもに3号路だったかな)沢の始まる数カ所で、下に向かって響かせる吹き降ろし方式。おもしろい。沢に乗って麓まで届くように法螺貝の法を深く長く響かせました。

先月、おんたけの清滝で法螺貝をがっつりお清めして以降、鳴りが格段に良くなったのですよね。

琵琶滝→2号路→3号路→6号路→琵琶滝と戻ってきたあと行きで気になったお地蔵様たちを確認しに再び2号路をあがっていく。

あがってすぐのところに今まで気付かなかった人を寄せ付けない雰囲気の地蔵’sの鎮座する場所がある。いちばん手前にはお大師様も。どうやら講毎に建立したものらしくたしか9番から15番まであった。最後に麓の駅へついた時に滝の隣に「高尾山八十八巡り」があることを知りおそらくその続きの場所らしい。(でも高尾山に八十八体もあったかな?という疑問も…)

お地蔵様を一通り拝見したところ、ちょっと何体か感じるものがあったのでマイルールになってしまった手入れされてないお地蔵様にはお水をお供えするを行ったあと、般若心経と法螺貝で拝む。

すると地蔵様に「そっちに行ってみな」といわれ、いつもと違う分かれ道を降ってみたら、水場を発見。高尾病院の敷地内に出る道なのだけど、こちらも昔からある参道らしい。講が建てた石碑もあることからこちらも歴史は古そうだった。かなり昔に一度だけここに来たことがあるような気がした。

お地蔵様の案内で新たな発見をした1日でした。

この花、綺麗だったな。ちょっと毒々しさも感じつつも。

降りてみれば空もきれいに晴れわたり、なかなか充実した高尾山でした。感謝。