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100人行カルテNo.29

2回目、セラピストS氏。

前回よりは身体の状況は良かったが、左肩がかなりしつこいコリ。
内臓。

婦人系のツボも痛がる。

足は前回同様、施術後とても温まったとのこと。
やはり側弯気味。

  

主婦業って立派な職業だと思う

どうも、センシです( ´ ▽ ` )ノ

今日は「主婦業とお金」についてです。
木曜日に、3年前まで一緒に福島の支援活動でよく会っていた女の子と再会。

お互いの近況報告なんぞしたんですね。
なかなか彼女は仕事が大変そうでした。頑張ってしまう人なのでしょうね。
私が色々目標などを語っていたら「すごい考えているねぇ」と感心されてしまったので、(この子自分軸がまだ明確じゃないのか)と思い、

逆に「Mちゃんは何をしたいの?どうなりたいの?」と尋ねてみました。

彼女の答えは「家族を持ちたい。子供が欲しい。野菜も作りたいな。」でした。

「でもね」と彼女は続けます。

「いままでもずっとそう思っていたけど、なかなか言いづらいんだよね。だって『主婦になりたい』って言うと『お前は働かないで楽したいのか』って思われるじゃない。」
そうですねぇ。私は主婦業って立派な職業だと思っています。だって家庭を支えることで、旦那も仕事に集中できるわけですからね。でもこの問題はやっぱり賃金の問題が大きいのかなと思います。共働きせざるを得ない状況が、こういう考えを産むのは事実でしょう。
そのあと彼女はこうもいいました

「みんなお金に価値観をしばられ過ぎてると思うの。お金を基準に考えてるから、そういう方向に考え方が寄っていっちゃうんじゃないかな。」
その通りです。お金を基準にしなければ選択肢は広がります。お金を基準に人生の選択肢を縛られている人が大半じゃないでしょうか。
テレビでよく「子供9人の家族で、働いてるのは旦那さんだけ、お母さんは主婦」という設定の家族が出てきます。

「よくできるなぁ」って大半の方が思っているはずですが、あれは「お金を価値観の中心に置かない生き方」の代表例だと思うんですよね。
現代の日本は

生きていくこと=会社で働いて給料をもらうこと

という単純図式化されちゃってますけど、”生きる”って違うと思うのです。”働く”って違うと思うのです。

お金を基準にしてしまうと人生は豊かになりません。

人生が豊かにならないということはお金も入ってきません。
自分の本当に大事なものを基準にすると人生は豊かになります。

そういうところにお金はまわってきます。

この図式にそろそろ気付いてもいいんじゃないかなぁって思いませんか?

それではまた( ´ ▽ ` )ノ

「終活」ってどう思いますか?

流れって本当に不思議。
昨日は昼から反響がポンポンと来てちょっとワクワクしていたら、最終的に3年前の過去とつながるという不思議さ。
「縁起」ー無限の関係性のなかの絶えざる変化という実相の在り方
目で見て、耳で聴いて、鼻で嗅いで、
私たちの感覚も全て色んな物質、要素の関係性と変化で成り立っている。
そう考えると「生きる」って「周りと関係性を持つ」ことなんだなと思います。

国と国だったり、人と人同士であったり、ミクロな視点で見れば細胞レベル、原子レベルと全てが関係性がある。
関係性を持つ以上は何かしらの迷惑はかけることになります。

何かしらお世話になってしまうのはしょうがないことです。

お互い様です。
そして関係性という点でいうと「終活」について思うことがあります。
「誰にも迷惑をかけずに1人でお墓に入りたい」
こう思う感覚はなんなのだろう、と。
誰だって産まれてきた時点で、親から始まり沢山の人に迷惑をかけてるはずなんです。

迷惑をかけずに生きてきた人なんていない。
それを今更「迷惑をかけない」ことで今までの人生の迷惑をチャラにできるのでしょうか。
子供だってもし「親孝行できなかったなぁ」と感じていたら、親に最後くらい頼られたほうが孝行のしがいもあるというもの。
それをさせないのはある意味親子の関係性を壊すことなんじゃないのかな。
生きること=関係性を持つこと=迷惑をかけることなのであれば、
最後まで人生を謳歌して欲しいなと思います。
仏教の説く関係性を無視して、自ら生きながらにそれを壊す方向にもっていくのはどうなんだろう?
と疑問をぬぐえません。
「迷惑をかけたくない」

とは仰るものの
そっちのほうがエゴなんじゃないかなぁ。
「生きること」に対しては。
あなたはどう思いますか?
#終活

流し雛

今日はひな祭りですね〜
女の子がいらっしゃるご家庭は雛人形飾っているのでしょうね。

さて、諸説あるひな祭りの起源ですが、私の師匠のところでは平安時代の「流し雛」の話がよく出てきます。
雛人形を子供の身代わりとして川に流してしまう「上巳の節句(穢れ祓い)として「厄災避け」の「守り雛」として祀られるようになったそうです。
そんな由来もあって節句が終わったら早く片付けましょうっていうのがもともとの理由なのでしょうね。
そして江戸時代に入り「人形遊び」と「節句の儀式」がセットになり、全国に広まり、この日に飾られるようになったとのこと。

次第に”形代”としての雛人形が、一生の厄災を代わりに引き受ける意味合いを持つようになり、嫁入り道具の家財道具のひとつとして数えられるようになったそうです。
いずれにせよお子さんには元気に育って欲しいですね。
今日は天気も良いので、素敵なひな祭りが過ごせますように^ ^